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タバコの上手な別れかた

禁煙でなく絶煙をめざします。

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世界禁煙デーをきっかけにちょっと考えてみました。

どうしてタバコを吸い始めたのか?

思えば、タバコは、とても身近な存在と記憶の片隅にあったのかもしれません。

祖父母、父、叔父と身近な家族が、おいしそうにタバコを吸っているイメージがごく普通な光景として記憶にあるのです。

今では、普通に飲めるビールも子供の頃、試しに飲んでみるととても苦く、おいしそうに飲んでいる父の姿が不思議でなりませんでした。

たぶん、タバコもそういう「大人の愉しみ」のようなイメージがあったのかもしれません。

事実として、タバコを常習的に吸ういわゆる「愛煙家」ではない、私の弟や、友人K(父親は愛煙家)がタバコを吸ってみたり、1本吸いたいと言ってきたりします。私のの経験上、喫煙の衝動が全くない人は、目の前で、どんなにおいしそうにタバコを吸っていても

「おいしいですか?」
「1本ください」

ということはなかったのです。

本来、タバコは生活に必要なものではないので、それがない環境で育った人には、あたり前のことであって、その存在すら意味がないのかもしれません。


私も、タバコなしで約1000日経とうとしていますが、おそらく、タバコが必要なことはもうないでしょう。

「タバコをやめるくらいなら、死んだほうがマシだ。」

「生きる愉しみがなくなる。」

などと本気で思って吸っていたのは、まさに、中毒症状だったんでしょうね。

そもそも、タバコの吸い始めは、コンビ二の夜勤のアルバイトがきっかけでした。

私は当時、学生だったにも関わらず?不思議にタバコを吸ってみたいと思ったことは1度もなかったのですが、その日は、夜勤にも関わらず、昼間に遊び過ぎたせいか、とても疲れていてお客が途絶えると眠くなり、朝まで起きていられない気がしていました。
お店には、他に誰もいない時間帯だったので、その時、タバコで眠気をごまかそうと思いついて吸ってみました。

眠い体には、吸いなれないタバコはとても刺激が強く、頭はクラクラするし、なんだか血圧が上がったみたいにドキドキするし、眠気覚ましにはちょうど良かったのです。それから、夜勤のたびに吸うようになり、体が刺激に慣れてくると本数も増えだしました。

それでも、夜勤のとき以外で吸うことはなかったのですが、喫煙者となる決定的な出来事は、失恋だったのです。

その子のことを忘れるために、テーブルの上のタバコに火をつけ、その時は、部屋で吸う習慣がなかったので、空き缶を灰皿にしました。

その時は、タバコを吸う事で確かに楽になれました。(今ごろ知ったことですが、ニコチンには、多幸感をもたらす、鎮静作用、覚醒作用があります。)

学生のうちは、仕送りなどもあったので、1日に1箱吸うことは、ほとんどなかったのですが、就職してからは、自活しているのと、慣れない社会人の生活、さらに営業職だったこともあり、本数は増える一方でした。一番吸った日は、仕事中に3箱、それから、お酒を飲みにいって2箱。

今思えば、どうやってそんなに吸ったのかと思うほど吸っていたのです。タバコを吸ってるつもりが、逆にタバコに支配される生活でした。

外出するときは、ライターとタバコをポケットにいれないと、近くのコンビニにも行けない。旅行は、まず、タバコの必要な数を確保してから準備する。

外では、常に吸える場所を探してキョロキョロする。これって結構なストレスなはずなのに、本人は好きで吸ってるから面倒でも仕方ないと思ってるんですからどう考えてもおかしな話になってきます。

何度も言いますが、禁煙の意思がない人に無理に禁煙を勧めないでください。健康によくないことは、本人だって薄々は分かっていても、自分の中できっかけをつかめないでいる人も
いるのです。それを、他人から言われるのは、実は結構なストレスだったりするのです。

最近、漢方薬を飲み始めた父は、飲みながらよくこう言ってます。

「ほんと不味いな・・・これ」
「我慢するものは、毎日続かないよなぁ・・・」

1日一杯の漢方薬を飲むことさえ、我慢ではなかなか続きません。勧められて、なんとなくとか、仕方なくでは、結局、なんとなくまた、喫煙することになりかねません。

なにしろ、吸いたい衝動を毎回我慢しなくてはならないので、相当な忍耐力が必要です。

吸いたい・・・吸えない・・・吸いたい・・・吸えない・・・

こんなのは、単なる我慢大会みたいなものです。

極論すれば、禁煙すること事体は、簡単なんですね。

それを続けることができるかが、一番大事なことであって、それが難しくなるのは、禁煙する目的がきちんと動機づけされていないからだと思います。

身体的依存(ニコチン依存)がなくなることも、もちろん必要なことですが、愛煙家ほど、精神的依存(手持ちぶさた、口寂しい)が大きいことが多いため1年、2年、3年という、体が要求するニコチン依存とは関係なく、喫煙を再開してしまうのだと思います。

ストレスが溜まると、体験上でタバコに頼りたくなりますが、それは、尚一層のストレスを溜めることになることを忘れないでください。

タバコをやめた今でも、タバコの情報は自然と目に入ってきます。やはり、ほとんどのコンビ二のレジ周辺においてあるのが
大きいですね。

これって、身近で手軽なイメージ過ぎますよね。法律をつくるなら、分煙化も重要ですが、新しい喫煙者を増えないようにするのも必要だと思います。
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2006/06/11 00:49|禁煙TB:0CM:0
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